妊娠と研修医生活は両立できるのか 米国で進む「出産する医師」への支援改革

医師を目指す女性にとって、出産のタイミングは長年にわたり大きな課題とされてきた。

医学生を卒業し、専門医を目指して研修医として働く時期は、多くの女性にとって出産適齢期と重なる。医師としてのキャリア形成と家族計画の間で悩む女性は少なくなく、「研修が終わるまで出産を待つべきか」という問いは世界中の医療界で繰り返されてきた。

しかし近年、アメリカではその考え方に変化が生まれつつある。妊娠や出産を理由にキャリア形成を諦めるのではなく、研修医が安心して子どもを持てる環境を整備しようという動きが広がっている。

目次

医師のキャリアと出産時期が重なる現実

アメリカでは女性医学生の割合が55%に達しており、医療界の女性比率は年々高まっている。

一方で、女性医学生の平均卒業年齢は28歳であり、アメリカ女性の第一子出産平均年齢である27.5歳とほぼ一致している。

つまり、医師として専門研修を受けるレジデンシー(研修医)期間は、多くの女性にとって妊娠・出産を考える時期と完全に重なっている。

実際に調査では、研修医やフェローの20〜30%が研修期間中に妊娠を経験していることが報告されている。

しかし、その環境は決して容易ではない。

アメリカの研修医は週80時間近く勤務することも珍しくなく、長時間労働や夜勤が続く。研究によれば、研修医は一般女性と比較して流産や妊娠高血圧症候群、早産などのリスクが高く、生まれてくる子どもも低出生体重となる可能性が高いことが示されている。

「母親になること」が医師の健康にも影響

オハイオ州立大学ウェクスナー医療センターの大腸外科医アレッサンドラ・ガシオール医師は、自身も研修中に妊娠を経験した。

30時間以上連続勤務した後に早産となり、妊娠36週で出産した経験を持つ。

同医師が2024年に実施した調査では、回答者の半数以上が「研修中の仕事の負担が自分自身または子どもの健康と安全に悪影響を与えた」と回答した。

特に外科研修では長時間の立ち仕事や手術が続くため身体的負担が大きい。

さらに出産後には、バーンアウト、産後うつ、夫婦関係のストレスを経験する割合も高いことが明らかになっている。

一方で、出産を研修終了後まで先送りすることにも別の問題がある。

加齢による不妊リスクの上昇や生殖補助医療の必要性が高まるためだ。

医師という職業特有の長い教育期間が、女性にとっては出産の選択肢を狭める要因にもなってきた。

米国で始まった制度改革

こうした課題を受け、アメリカでは近年制度改革が進められている。

2022年、米国卒後医学教育認定評議会(ACGME)は、すべての研修医に対し最低6週間の有給育児休暇を保障することを義務化した。

この制度は出産した母親だけでなく父親や養子縁組の場合にも適用される。

さらに2025年には、ACGMEの専門タスクフォースが妊娠中の研修医支援に関する包括的提言を公表した。

そこでは妊娠前から産後復帰までを含めた支援体制の整備が求められている。

妊娠後期には24時間を超える勤務や夜間当直を免除すること、復帰直後は研究や選択科目など比較的負担の少ないローテーションへ配置することなどが推奨された。

また、不妊治療や産前健診への通院時間の確保、搾乳時間の保障なども重要な支援項目として挙げられている。

「搾乳ポッド」が支える新しい働き方

支援体制の変化は現場にも広がっている。

ラトガース大学の麻酔科研修医クリスタ・フォス医師は、生後6カ月の子どもを育てながら研修を続けている。

毎朝5時、車で病院へ向かう途中にウェアラブル搾乳器を装着し、病院到着後には母乳を保冷バッグへ移して勤務に入る。

病院内には複数の「搾乳ポッド」が設置されており、専用アプリで空き状況を確認できる仕組みになっている。

限られた時間の中で搾乳場所を探し回る必要がなくなったことで、育児と研修の両立を支える重要なインフラとなっている。

かつては個人の努力に委ねられていた育児支援が、組織的な仕組みとして整備され始めているのである。

バーンアウトを防ぐ支援策の効果

こうした取り組みの効果を示す研究も登場している。

2026年にJAMAで発表された研究では、妊娠中および産後の研修医143人を対象に支援プログラムの効果が検証された。

支援内容にはウェアラブル搾乳器の提供、乳児を自動であやすスマートベビーベッド、24時間利用可能な医療相談アプリ、出産経験を持つ指導医によるメンタリングが含まれていた。

結果として、通常支援群ではバーンアウトが大幅に増加したのに対し、支援プログラムを受けた群ではバーンアウトの増加がみられなかった。

さらに経済的効果も大きかった。

医師1人のバーンアウトによる損失は約7,600ドルと試算されている一方、支援プログラムの費用は約2,300ドルにとどまった。

出産支援は福利厚生ではなく、医療機関にとっても合理的な投資になり得ることが示されたのである。

医療界の文化そのものが変わり始めている

制度や設備の整備だけではない。

近年のアメリカ医療界では、「妊娠した研修医を支えることは特別扱いではなく組織の責任である」という考え方が広がりつつある。

かつて十分な支援を受けられなかった女性医師たちが、今度は後輩たちのロールモデルとなり、妊娠や育児を経験する研修医を支援する側へ回っている。

医師不足が深刻化するなか、優秀な人材が出産や育児を理由に医療現場を離れることは医療システム全体にとって大きな損失でもある。

妊娠や出産を個人の問題として扱う時代から、医療界全体で支える時代へ。

アメリカで進むこうした変化は、女性医師の活躍推進だけでなく、持続可能な医療体制を構築するための新たなモデルとして世界的にも注目されそうだ。


出典
AAMC(Association of American Medical Colleges)
「When pregnancy and residency coincide」

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