うつ病やPTSDなどへの治療応用が研究される幻覚薬。その一方、米国の全国調査では、シロシビン、LSD、MDMA、イボガイン、5-MeO-DMTの使用後に、健康悪化や医療機関の受診を経験したと回答する人が確認されました。特にイボガインでは身体・精神面の悪化や受診が高率でした。臨床試験での「治療への期待」と、一般社会での使用実態との違いを考えます。「治療薬」として注目され始めた幻覚薬シロシビンやLSDなどの幻覚薬をめぐる状況は、近年大きく変化している。
かつては主として娯楽目的の薬物として語られてきた一方、現在では精神疾患に対する治療への応用が研究されている。MDMAを含め、一部の物質では精神疾患を対象とした臨床試験が進み、イボガインや5-MeO-DMTについても小規模な研究が行われている。
米国では実際の使用も広がっている。2025年のNational Survey on Drug Use and Healthでは、12歳以上で過去1年間に幻覚薬を使用した人は約910万人と推計され、2021年の760万人から増加した。
しかし、ここで注意しなければならないことがある。
厳格に管理された臨床試験で観察される結果が、そのまま一般社会での使用にも当てはまるとは限らない。
この違いを調べた研究が、2026年9月29日にJAMA Network Openで発表された。
米国成人を対象に5種類の物質を調査
研究チームが使用したのは、2025年のNational Survey Investigating Hallucinogenic Trends(NSIHT)のデータだ。
米国50州の成人を対象としたオンライン調査で、今回の研究ではシロシビン、LSD、MDMA、イボガイン、5-MeO-DMTという5種類の物質について、使用者自身がどのような健康上の変化を経験したと考えているかを分析した。
調査参加者1,964人のうち、過去12カ月の使用を報告したのはシロシビン1,151人、LSD376人、MDMA539人、イボガイン74人、5-MeO-DMT95人だった。
ただし、これは薬を投与して結果を比較する臨床試験ではない。
使用者自身が「この物質によって起きた」と考えた経験を尋ねた横断調査であり、薬物と健康悪化との因果関係を証明する研究ではない点が重要だ。
シロシビンでは精神状態の改善を感じた人が約半数
今回の調査は、悪影響だけを調べたものではない。
過去12カ月にシロシビンを使用した人では、51.2%が精神的健康の改善をシロシビンによるものだと回答した。
5-MeO-DMTでは、28.5%が身体的健康の改善を報告している。
つまり、一般社会の使用者の中にも、本人がプラスの変化を感じている人は存在する。
一方で、同じ調査からはその反対側も見えてきた。
シロシビンでも「健康悪化」と「受診」が報告された
シロシビン使用者では、6.2%が身体的健康の悪化、4.7%が精神的健康の悪化をシロシビンによるものだと回答した。
さらに、16.2%がシロシビンに関連すると考える何らかの医療サービス利用を報告している。
この結果だけから、16.2%が救急搬送されたという意味にはならない。
研究でいう「health care services」には複数の医療サービス利用が含まれており、「医療機関を利用した」という数字と「重篤な健康被害」を同一視するべきではない。
それでも、精神面の改善を感じた人が多かったシロシビンでも、健康悪化や医療利用を報告する人が一定数存在していたことは重要だ。
イボガインでは74.2%が医療サービス利用を報告
5種類の中で、特に高い割合が確認されたのがイボガインだった。
過去12カ月にイボガインを使用した回答者では、45.1%が身体的健康の悪化、34.5%が精神的健康の悪化、74.2%が何らかの医療サービス利用をイボガインによるものだと回答した。
ただし、イボガインの回答者は74人と少なく、推定値の95%信頼区間も広い。
そのため「イボガイン使用者の4人に3人が必ず医療機関を受診する」と一般化できる結果ではない。
一方、イボガインにはQTc延長や不整脈との関連が以前から知られており、研究者らも今回報告された心臓関連の有害事象は既知の薬理学的リスクと整合すると指摘している。
直近3カ月の使用者では、有害な経験の報告も多かった
研究チームは、過去3カ月というより短い期間に使用した人について、13種類の有害な経験も調べた。
少なくとも1つを経験し、それを使用した物質によるものだと回答した割合は、シロシビンで75.6%、LSDで83.6%、MDMAで81.4%、イボガインで94.8%、5-MeO-DMTで92.8%だった。
ただし、この数字も「重篤な副作用がこの割合で発生した」という意味ではない。
調査では複数の身体的・精神的な経験を広く尋ねており、少なくとも1項目を自己申告した人の割合だからだ。
一方で、無視できない内容も含まれていた。
イボガイン使用者では44.2%、5-MeO-DMT使用者では51.3%が、動悸または胸痛・胸部圧迫感を物質使用によるものだと回答した。
さらに「死や自殺についての考え」を報告した割合は、イボガインで59.3%、5-MeO-DMTで36.6%だった。
なぜ臨床試験と一般社会では条件が違うのか
幻覚薬の治療研究を評価するとき、今回の調査と臨床試験を混同しないことが重要になる。
臨床試験では通常、参加者を事前に選定し、投与量や薬剤の品質を管理し、医療者などによる監督のもとで治療が行われる。
しかし一般社会では、使用量や純度が一定とは限らない。他の薬物を同時に使用する場合もあり、医療的な監督がない環境で使用されることもある。
今回のJAMA Network Open論文も、こうした違いを理由に、臨床試験で得られた結果が一般集団でそのまま再現されるとは限らないと指摘している。
実際、米国では幻覚薬そのものの使用も無視できない規模になっている。別の2025年全国調査では、米国成人の5.3%、推計約1,390万人が調査対象となった13種類の物質のうち少なくとも1種類を過去1年間に使用したと推計された。
「幻覚薬は危険」という研究でもない
今回の研究を「幻覚薬の危険性が証明された」と読むのも正確ではない。
最大の理由は、調査が観察研究であり、しかも結果が使用者自身の判断に基づいていることだ。
健康状態が悪化した後に幻覚薬を使用した人もいる可能性があり、他の薬物や既存の精神疾患などが結果に影響した可能性もある。
また、5種類の物質を使用した集団は同じ特徴を持っていたわけではない。精神疾患の診断歴、使用頻度、他の物質との併用、治療目的での使用などにも違いがあった。
したがって、この調査だけを使って物質ごとの危険性を直接順位づけすることもできない。
研究者ら自身も今回の結果を記述的なパターンとして慎重に解釈する必要があるとしている。
「治療への期待」が広がるほど、現実世界の安全性データが重要になる
幻覚薬をめぐる議論は、「効果があるのか」「危険なのか」という二択だけでは捉えきれない段階に入っている。
臨床研究では精神疾患に対する治療可能性が検討されている一方、一般社会では医療管理とは異なる条件で多くの人が使用している。
今回の調査では、精神的な改善を感じた人がいる一方で、身体・精神面の悪化や医療サービス利用を報告した人も確認された。特に一部の物質では、心臓症状や深刻な精神的経験も報告されている。 jamanetwork.com
だからこそ今後必要になるのは、期待だけでも恐怖だけでもなく、**「誰が、何を、どの程度、どのような環境で使用したときに、どのような利益とリスクが生じるのか」**を現実世界のデータから明らかにすることだ。
幻覚薬が医療へ近づくほど、臨床試験で示される可能性と、医療管理外を含む実際の使用で起きていることを分けて捉える必要性は、むしろ高まっていく。
出典
JAMA Network Open
Adverse Health Outcomes of Psilocybin, LSD, MDMA, Ibogaine, and 5-MeO-DMT


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