2015年、米食品医薬品局(FDA)は世界で初めて3Dプリント技術で製造された医薬品「Spritam」を承認した。
当時、この出来事は医薬品製造の歴史を変える画期的な出来事として注目を集めた。しかし、その後10年が経過した現在でも、FDAが承認した3Dプリント経口薬はSpritamのみであり、大規模な普及には至っていない。
一方で専門家の間では、3Dプリント医薬品の真価は大量生産ではなく「個別化医療」にあるとの見方が強まっている。
世界初の3Dプリント医薬品「Spritam」
Spritamはてんかん治療薬レベチラセタムを有効成分とする医薬品で、米Aprecia Pharmaceuticalsが開発した。
製造には「バインダージェッティング」と呼ばれる3Dプリント技術が採用されている。
粉末状の薬剤原料に液体バインダーを層ごとに吹き付けながら積層し、最終的に錠剤を形成する仕組みだ。
この技術によって作られた錠剤は非常に多孔質で、水に触れると素早く崩壊する特徴を持つ。
そのため高用量の薬剤でも服用しやすく、嚥下が困難な患者への応用が期待されている。
3Dプリントがもたらす「個別化医療」
3Dプリント医薬品の最大の利点は、一人ひとりに合わせた用量設定が容易になる点にある。
例えば、
- 60mg
- 80mg
- 100mg
といった細かな用量調整を製造段階で柔軟に行うことができる。
ジョンズ・ホプキンス大学ケアリー・ビジネススクールのティンロン・ダイ教授は、
「小児患者の正確な投与量や希少疾患治療薬の製造に特に適している」
と指摘している。
従来の大量生産方式では採算性の問題から実現が難しかった少量生産や個別化製剤が、3Dプリント技術によって現実的な選択肢になりつつある。
製薬企業向けの技術提供へシフト
Apreciaは現在、自社製品の開発よりも他社向け技術プラットフォームの提供へ事業を拡大している。
同社はこの10年間で3Dプリント装置そのものの改良を進め、製薬企業が保有する新薬候補を特殊な剤形へ加工するサービスを強化してきた。
例えば、
- 高用量製剤
- 速崩壊製剤
- 特殊放出製剤
などの開発を短期間で行うことが可能になる。
Apreciaのカイル・スミス社長兼COOは、
「臨床開発のスピードと市場投入までの時間短縮が大きな強みになる」
と述べている。
医薬品不足対策としての期待
3Dプリント医薬品には、個別化医療以外にも重要な役割が期待されている。
2025年、Apreciaは米国防高等研究計画局(DARPA)および米保健福祉省(HHS)から支援を受け、医薬品の国内生産体制強化プロジェクトに参画した。
新型コロナウイルス感染症の流行以降、医薬品供給網の脆弱性が世界的な課題となっている。
米国では現在、
- 医薬品の国内回帰(Reshoring)
- サプライチェーン強化
- 緊急時の安定供給確保
が重要政策として位置付けられている。
3Dプリント技術は必要な医薬品を迅速に製造できる可能性があることから、新たな製造手段として注目されている。
大量生産には課題も
しかし、すべての専門家が3Dプリント医薬品の普及に楽観的なわけではない。
ダイ教授は、
「数百万錠単位の医薬品不足に対応するには必ずしも最適な技術ではない」
と指摘する。
現在の3Dプリント技術は柔軟性や個別化には優れている一方で、従来型製造ラインのような大規模生産能力には及ばない。
そのため、
- 個別化医療
- 希少疾患
- 特殊剤形
- 少量生産
といった領域が主な活用分野になるとみられている。
医薬品製造の未来を変える可能性
Dプリント技術は医療機器や人工骨の分野ではすでに実用化が進んでいる。
一方で医薬品領域ではまだ発展途上であり、その可能性は十分に開拓されていない。
しかし、高齢化の進行や個別化医療の需要拡大を考えると、「患者ごとに最適化された薬を必要な量だけ製造する」という考え方は今後ますます重要になる可能性がある。
FDAによる初の承認から10年。
3Dプリント医薬品はまだ黎明期にあるが、将来的には従来の大量生産モデルとは異なる新たな医薬品製造の形を切り開くかもしれない。
出典
Healthcare Brew
「3D printing pills is nothing new, but its future is still wide open」


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