2026年に入り、日本国内で麻疹(はしか)の感染拡大が深刻化している。関東・中部・関西を中心に患者報告が相次ぎ、国立健康危機管理研究機構(JIHS)の速報値によると、第19週(5月4〜10日)時点で全国の報告数は479例に達した。これは2025年の年間報告数265例をすでに大きく上回る水準であり、医療現場では警戒感が急速に高まっている。
かつて日本は、2015年にWHO(世界保健機関)から「麻疹排除国」と認定された。しかし現在、その認定維持すら危ぶまれる状況になりつつある。
発端は海外からの“持ち込み感染”
国立感染症研究所の高梨さやか氏によると、現在の流行のきっかけは「輸入麻疹」だという。
海外で感染した人が日本へ入国し、その後国内で二次感染が広がる流れが続いている。2025年時点では、感染者の多くが海外由来と考えられていたが、2026年に入ってからは状況が変わった。
現在は海外渡航歴のない患者が急増しており、報告症例の約7割が「国内感染」と推定されている。つまり、日本国内で感染の連鎖が起き始めているということだ。
特に感染源として多く指摘されているのが、インドネシアなど麻疹流行地域への渡航である。以前はベトナム由来が中心だったが、流行地域は年によって変化している。
麻疹は感染力が極めて強いことで知られており、空気感染を起こす。免疫を持たない人が同じ空間にいるだけで感染する可能性があり、感染症の中でも最強クラスの感染力を持つと言われている。
ワクチン接種率低下が最大の問題
今回の感染拡大で、専門家が最も危機感を抱いているのがワクチン接種率の低下だ。
WHOは、麻疹排除状態を維持するためには、2回接種率95%以上が必要としている。しかし日本では、その水準を下回る状況が続いている。
2024年度の実績では、第1期接種率は92.7%、第2期は91.0%だった。数字だけを見ると高く見えるかもしれないが、麻疹の感染力を考えると十分ではない。
麻疹は「集団免疫」が極めて重要な感染症である。社会全体で高いワクチン接種率を維持することで、乳児や免疫不全患者、妊婦などワクチンを接種できない人々を守る仕組みになっている。
つまり、数%の接種率低下でも、感染爆発につながる可能性がある。
実際に現在の感染者では20代が最も多くなっている。これは、「子どもの病気」という従来のイメージとは大きく異なる。
背景には、
幼少期に1回しか接種していない世代
接種歴が不明な人
ワクチン効果が十分でなかった人
などの存在があると考えられている。
さらに、まだワクチンを打てない0歳児の感染例も報告されている。
「麻疹排除国」認定喪失の危機
現在、日本が直面している最大の問題の一つが、「麻疹排除国」の認定維持だ。
WHOは、「36カ月以上にわたり国内で土着的な感染拡大が確認されていないこと」を排除認定の条件としている。
しかし近年、世界では排除認定を失う国が相次いでいる。
2026年には英国、スペイン、オーストリアなど欧州諸国が認定を喪失した。さらに2025年には、北米地域でも排除状態喪失が報告され、大きな衝撃が広がった。
かつては「先進国では麻疹は制御できている」という空気があった。しかしワクチン忌避や接種率低下、国際移動の増加によって、その前提が崩れ始めている。
高梨氏も、「日本でも同じことが起こり得る」と強い危機感を示している。
“どこからが国内株なのか”が難しい時代へ
現在、感染研では麻疹ウイルスの遺伝子解析を続けている。
5月時点では、中東・アフリカ系統の「B3型」と、北米・東南アジア系統の「D8型」が多く確認されている。
ただし問題は、輸入株と国内伝播株の境界が曖昧になりつつあることだ。
最初は海外由来だったとしても、日本国内で感染連鎖が続けば、それは事実上「国内流行」となる。
専門家の間でも、「どこまでを輸入例とみなすのか」は難しいテーマになっている。
現在の感染拡大では、患者数の急増により、全例の遺伝子検査を行うことも現実的ではなくなっているという。
麻疹は“過去の病気”ではない
日本では長らく、麻疹は「昔流行した病気」という認識が強かった。
しかし実際には、麻疹は現在でも重篤な合併症を引き起こす危険な感染症である。
肺炎や脳炎を起こすことがあり、特に乳児や免疫力の弱い人では命に関わるケースも少なくない。
また、感染後に免疫機能が一時的に低下することも知られている。
世界的に見ても、麻疹は依然として多くの死亡者を出している感染症の一つだ。
新型コロナ流行以降、世界では定期接種の遅れや医療アクセス悪化が問題となった。その影響が、今になって各国で麻疹流行という形で表面化し始めている。
今、日本で問われていること
今回の流行は、単なる一時的な感染拡大ではない。
「ワクチン接種率が少し下がるだけで、排除状態は崩れ得る」という現実を、日本社会に突きつけている。
そして今、医療現場で最も重視されているのは、“感染を広げないこと”だ。
専門家は、
定期接種対象者が確実に2回接種すること
接種歴不明者が確認を行うこと
海外渡航前後の体調管理
発熱・発疹時の早期受診
を強く呼びかけている。
麻疹は「過去の感染症」ではない。
いま再び、日本社会全体で感染対策とワクチンの重要性が問われている。
参考文献
・日経メディカル
「インタビュー◎国立感染症研究所・高梨さやか氏に聞く麻疹の現状(前編) 麻疹急増の発端は輸入例だが…問われる『排除国』維持への対応」(2026年5月20日)
・国立健康危機管理研究機構(JIHS)
「感染症情報提供サイト 麻しん発生状況(2026年第19週速報値)」
・国立健康危機管理研究機構(JIHS)
「麻しんの発生に関するリスクアセスメント(2026年第一版)」
・厚生労働省
「麻しんに関する特定感染症予防指針」
・World Health Organization(WHO)
「Measles and Rubella Elimination Monitoring」
・World Health Organization(WHO)
「Immunization data / Global Measles and Rubella Monthly Update」
・国立感染症研究所
「病原微生物検出情報(IASR) 麻疹ウイルス遺伝子型解析情報」
・保健所における麻しん対策・対応ガイドライン 第3.1版
・Pan American Health Organization(PAHO)
「Measles Elimination Status Update」


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