高齢者の「貧血」は、疲れやすさや息切れ、立ちくらみなどの原因としてよく知られている。しかし近年、それだけではなく“脳の健康”にも深く関係している可能性が注目され始めている。
スウェーデンのKarolinska研究所の研究チームは、高齢者を長期間追跡した大規模研究「SNAC-K」を解析した結果、貧血のある高齢者ではアルツハイマー病関連バイオマーカーが高値であり、その後の認知症発症リスクも高かったと報告した。
研究結果は2026年JAMA Network Open誌に掲載された。
「貧血」と「認知症」の関係は以前から指摘されていた
これまで複数の観察研究で、「貧血のある高齢者は認知症になりやすい」という傾向は報告されてきた。ただし、その理由については長年はっきりしていなかった。
脳への酸素供給低下、慢性的な炎症、血流障害、栄養不足など、さまざまな仮説は存在していたものの、「アルツハイマー病の病理変化そのものと関係しているのか」は十分に解明されていなかったのである。
今回の研究が特に注目されている理由は、単に“認知症になりやすい”というだけではなく、アルツハイマー病関連バイオマーカーとの関連まで詳細に調べている点にある。
約2300人を平均9年以上追跡
今回解析された「SNAC-K(Swedish National Study on Aging and Care in Kungsholmen)」は、スウェーデン・ストックホルム地区の60歳以上住民を対象にした大規模縦断研究だ。
研究チームは、その中からヘモグロビン値や脳関連バイオマーカーのデータがそろっている2282人を解析対象とした。
対象者の中央値年齢は72.2歳で、約6割が女性だった。研究開始時点で199人、つまり約8.7%がWHO基準の貧血に該当していた。
その後、研究チームは平均9.3年間にわたって追跡調査を行い、認知症発症との関係を分析した。
貧血のある高齢者は認知症リスクが約1.7倍
追跡期間中、362人が認知症を発症した。
解析の結果、貧血のある高齢者では認知症発症率が明らかに高いことが判明した。
貧血のある人では、認知症発症率は100人・年あたり4.37だったのに対し、貧血のない人では1.65だった。
さらに年齢や性別、慢性疾患など複数要因を調整した後でも、貧血のある人は認知症リスクが1.66倍高かった。
男女別に見ると、その影響は男性でより強く、男性では2.40倍、女性では1.55倍のリスク上昇が確認されている。
この結果は、「高齢者の軽度貧血」を単なる加齢現象として見過ごすべきではない可能性を示している。
ヘモグロビン値が低いほど認知症リスク上昇
研究では、ヘモグロビン値そのものと認知症リスクの関係についても詳しく解析された。
その結果、ヘモグロビン値が14g/dL以下の人では、数値が低下するほど認知症リスクが直線的に上昇していた。
一方で14g/dLを超えると、リスクはほぼ横ばいになった。
つまり、極端な重度貧血だけではなく、“やや低め”程度のヘモグロビン低下でも、脳への影響が現れる可能性があるということになる。
高齢者では「少し貧血気味なのは普通」と考えられることも少なくない。しかし今回の研究は、その認識に再考を促す内容と言える。
アルツハイマー病関連バイオマーカーも高値
今回の研究で特に重要なのが、アルツハイマー病関連バイオマーカーとの関係だ。
貧血のある高齢者では、リン酸化タウ217(p-tau217)、ニューロフィラメント軽鎖(NfL)、グリア線維性酸性蛋白(GFAP)といった、神経変性や脳障害を反映するマーカーが有意に高かった。
特にp-tau217は、現在アルツハイマー病の有力バイオマーカーとして世界的に注目されている。
つまり今回の結果は、「貧血がある人では、アルツハイマー病関連変化がすでに脳内で進行している可能性」を示唆しているのである。
「貧血+バイオマーカー高値」でリスクさらに上昇
研究ではさらに、「貧血」と「バイオマーカー高値」が同時に存在する場合、認知症リスクが大きく跳ね上がることも確認された。
例えば、NfL値が低く、貧血もない人を基準とすると、貧血のみの人では認知症リスクは大きく変わらなかった。しかしNfL高値のみではリスクが約2倍に上昇し、さらに“貧血+NfL高値”が重なると、リスクは3.64倍にまで上昇していた。
同様の傾向は、p-tau217やGFAPでも確認されている。
研究チームは、これについて「貧血と神経病理の間に生物学的相互作用が存在する可能性」を示していると説明している。
なぜ貧血が脳に影響するのか
では、なぜ貧血が認知症と関連するのだろうか。
最も有力なのは、「脳への慢性的な酸素不足」という考え方だ。
ヘモグロビンは酸素を全身へ運搬する役割を担っている。貧血になると脳への酸素供給が低下し、神経細胞に持続的な負担がかかる可能性がある。
さらに近年では、慢性炎症、血管障害、酸化ストレス、ミトコンドリア機能低下なども関与している可能性が指摘されている。
また高齢者の貧血は、単なる鉄不足だけではなく、慢性疾患、腎機能低下、栄養障害など複数要因が背景に存在しているケースも多い。
つまり貧血そのものが、“全身状態悪化のサイン”である可能性もあるのである。
「年齢のせい」で済ませない重要性
高齢者医療では、「少しヘモグロビンが低いくらいなら様子を見る」という場面も少なくない。
しかし今回の研究は、その軽視されがちなヘモグロビン低下が、将来的な認知症リスクと関係している可能性を示した。
もちろん、この研究だけで「貧血を改善すれば認知症を防げる」と断定することはできない。
ただ少なくとも、“高齢だから仕方ない”と片付けるべきではないことは明らかになりつつある。
今後は、認知症予防の観点からも、高齢者のヘモグロビン管理や貧血評価がより重要視される可能性がある。
まとめ
今回のスウェーデンの大規模研究では、貧血のある高齢者はアルツハイマー病関連バイオマーカーが高く、将来的な認知症リスクも高いことが示された。
特に、ヘモグロビン低下と神経変性マーカー高値が同時に存在する場合、認知症リスクはさらに大きく上昇していた。
高齢者の貧血は「よくあること」と見過ごされがちだが、その背景には脳の健康悪化が隠れている可能性もある。
認知症予防が大きな社会課題となる中で、“血液データ”が将来の脳リスクを示す重要なサインになる時代が近づいているのかもしれない。
参考文献
・JAMA Network Open
・Karolinska Institutet
・Swedish National Study on Aging and Care in Kungsholmen(SNAC-K)
・World Health Organization(WHO)
・National Institute on Aging
・Alzheimer’s Association


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