医療現場では近年、病院や診療所の統合、大規模医療グループへの集約、保険会社や投資ファンドによる医療機関の買収が急速に進んでいる。
こうした流れは効率化やコスト削減をもたらす一方で、医師や医療従事者を「交換可能な部品(Widget)」のように扱う風潮を生み出しているのではないか――。
米国の医療政策研究者であり、20年以上にわたりプライマリ・ケア医として診療に携わってきたローレンス・P・カサリノ博士は、医療の企業化が患者ケアの質に与える影響について警鐘を鳴らしている。
米国で進む「医療の企業化」
米国では近年、独立開業医の減少が加速している。
その背景には、
- 保険会社との価格交渉力不足
- 膨大な事務作業
- 電子カルテ導入コスト
- 医療制度の複雑化
- 働き方の変化
などがある。
特に小規模クリニックでは、診療報酬交渉において大手保険会社に対抗することが難しい。
さらに近年は、
- 価値基盤型医療(Value-Based Care)
- 品質評価制度
- 事前承認(Prior Authorization)
などの管理業務が急増している。
カサリノ博士が勤務していた診療所では、事前承認対応だけに専従するスタッフを2人配置していたという。
こうした負担から、多くの医師が病院や巨大医療グループへの雇用を選択するようになっている。
「Widgetization of Care」とは何か
カサリノ博士は、この現象を「Widgetization of Care(医療の部品化)」と表現している。
Widgetとは工業製品における交換可能な部品を意味する。
企業化が進んだ医療組織では、医師や看護師が個々の専門性を持つ専門職ではなく、管理・監視・評価される労働力として扱われる傾向が強まる。
大規模組織では経営効率が重視されるため、
- 診療時間
- 生産性
- 収益性
- 評価指標
など数値化できる要素が優先されやすい。
しかし医療には数値化できない重要な価値も数多く存在する。
測定できない医療の価値
患者が医師に求めるものは診断や処方だけではない。
- 患者への共感
- 不安への対応
- 信頼関係
- 継続的な診療関係
- 医師としての使命感
などは医療の質を大きく左右する。
一方で、こうした要素を正確に測定することは極めて難しい。
カサリノ博士は、
「医療の最も重要な部分の一部は測定できない」
と指摘する。
現在の医療制度では測定可能な指標ばかりが評価対象となり、測定できない価値が見過ごされる危険性があるという。
医師の利他性が患者アウトカムを改善
興味深いことに、研究チームは医師の「利他性(Altruism)」についても調査を行っている。
利他性とは、自身の利益より患者の利益を優先しようとする姿勢を指す。
研究では経済学的手法を用いて医師の利他性を測定したところ、
- 医師は一般集団より利他的
- 社会的エリート層より利他的
- 一部の専門職学生より利他的
であることが示された。
さらに、利他性が高い医師ほど患者の治療成績も良好である傾向が確認されたという。
これは医療の質が単なる技術や知識だけでなく、医師の価値観や職業倫理によっても支えられている可能性を示している。
バーンアウトとの関係
近年、医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)は世界的な課題となっている。
米国でも高いバーンアウト率が報告されており、その背景として、
- 過剰な事務作業
- 数値目標の圧力
- 経営優先の文化
- 自律性の低下
などが挙げられている。
カサリノ博士は、医師が「自分は単なる部品として扱われている」と感じるほど、バーンアウトや患者満足度低下が起こりやすくなる可能性を指摘している。
日本でも無関係ではない問題
こうした議論は米国特有の問題に見えるかもしれない。
しかし日本でも、
- 病院統合
- 医療DX
- タスクシフト
- 医療経営効率化
などが進められている。
効率化そのものは必要である一方で、医師や医療従事者の専門性や使命感を損なわない制度設計が求められる。
医療を支えるのは設備やシステムだけではない。
患者一人ひとりと向き合う医療従事者の専門性、経験、そして人間性こそが医療の根幹である。
医療の企業化が進む今だからこそ、「医師は交換可能な部品ではない」という視点が改めて問われている。
出典
Medical Economics
「The widgetization of care — physicians are not just a bunch of interchangeable parts」


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