医師が症状を「正常」「よくあること」と伝えることで、患者の治療意欲が低下する可能性が新たな研究で示されました。9,371人を対象とした14の実験から、診察室で使われる言葉と患者の意思決定の関係が浮かび上がっています。
患者を安心させる言葉が治療意欲を下げる可能性
患者の不安を和らげることは、診療における重要なコミュニケーションの一つである。しかし、患者を安心させるために日常的に使われている「正常です」という言葉が、意図とは反対の結果を生む可能性が示された。
8月10日に『Nature Human Behaviour』に掲載された研究では、医療従事者から症状を「正常」と説明された場合、患者が治療を受けようとする意欲が低下する傾向が確認された。
研究では9,371人を対象に14のオンライン実験を実施。高血糖、歯の痛み、片頭痛、季節性アレルギー、更年期症状など、さまざまな状況を想定したシナリオが使用された。
その結果、症状が「正常」であると伝えられた参加者は、そうでない参加者と比較して治療を受けようとする意欲が低下した。
医師の意図と患者の受け取り方に「ズレ」
興味深いのは、医療従事者側の予想と患者側の反応が逆だった点だ。
研究に参加した医療従事者は、症状を正常化する表現によって患者の治療意欲が高まるか、少なくとも影響はないと予測していた。
しかし患者側では、「この症状は正常です」という説明が、単に「多くの人に起こる」という意味ではなく、「治療する必要はない」というメッセージとして受け取られる傾向がみられた。
研究者らは、その背景として患者の症状に対する重症度の認識だけでなく、「自分はどう行動すべきなのか」という社会的・規範的な判断が変化している可能性を指摘している。
つまり医師が安心感を与えるために「正常」と伝えても、患者はそこから「医師は治療を勧めていない」と推測してしまう可能性がある。
更年期医療への疑問から始まった研究
今回の研究の出発点となったのは、更年期医療における患者とのコミュニケーションだった。
更年期の患者からは、日常生活に支障をきたす症状について相談しても「年齢による正常な変化」と説明されたという経験が報告されることがある。
しかし、「よく起こる症状」であることと、「治療する必要がない症状」であることは同じではない。
今回の実験では、更年期症状だけでなく、高血糖、歯痛、片頭痛、アレルギーなどにも同様の傾向が確認されたことで、この問題が特定の診療領域だけに限らない可能性が示された。
伝え方を少し変えるだけで影響は軽減
一方、研究ではこのコミュニケーション上の問題を軽減する方法も検証された。
一つは、「正常」という説明に続けて、治療を受けることを明確に勧めることだった。
もう一つは、「正常」という言葉が「症状がよくみられる」という意味であり、「治療の必要性が低い」という意味ではないことを、その場で患者に説明する方法だった。
こうした補足を加えることで、患者の治療意欲が低下する影響は小さくなった。
研究者らは、患者を安心させること自体をやめる必要はなく、医師が何を意味しているのかを明確に伝えることが重要だとしている。
「よくある症状です」と伝えることと、「よくある症状ですが、治療する価値があります」と伝えることでは、患者が受け取るメッセージが大きく異なる可能性がある。
実際の診療行動への影響は今後の検証が必要
今回の研究には限界もある。
14の実験はいずれもオンラインで実施され、参加者は実際に診察を受けたのではなく、文章で提示された診療シナリオを読んで回答している。
また、測定されたのは「治療を受けたいと思うか」という意向であり、その後に実際に医療機関を受診したか、治療を開始したかまでを追跡したものではない。
信頼関係のある医師との対面診療や身体診察、フォローアップなどが存在する実際の医療現場でも同じ影響が生じるのかについては、さらなる研究が必要となる。
それでも今回の研究は、医師にとって日常的な一言が、患者には別のメッセージとして伝わる可能性を示している。
患者を安心させながら適切な治療につなげるためには、「正常だから心配ありません」で終わるのではなく、その症状がどの程度一般的なのか、そして治療や経過観察が必要なのかを明確に区別して伝えることが、より重要になりそうだ。
出典
Medical Economics
Telling patients their symptoms are ‘normal’ makes them less likely to seek treatment


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