医師の欠員が長期化すると、採用費だけでなく診療収益の減少、患者アクセスの悪化、既存医師の負担増につながります。医師採用の「Days-to-Fill」「Cost-per-Hire」を可視化し、採用から定着へ投資を転換する重要性が指摘されています。
医師の「採用にかかる日数」を把握できているか
医師の採用と定着を考えるうえで、医療機関が把握すべき重要な指標の一つが「Days-to-Fill」だ。
これは求人を開始してから候補者との契約が成立するまでの日数を示す。
Association for Advancing Physician and Provider Recruitment(AAPPR)は約15年間にわたりこの指標を追跡しており、診療科や地域、都市部・地方部などに分けた全国ベンチマークを公表している。
重要なのは、契約成立が採用プロセスの終わりではないことだ。契約を締結してから実際に医師が患者を診察できるようになるまで、さらに3~6カ月、場合によってはそれ以上かかることがある。
その間も医療機関には欠員によるコストが発生し続ける。
欠員は診療収益だけでなく患者離れにもつながる
医師が不足している期間、医療機関はロカム・テネンスなどの代替医師を利用する場合がある。しかし、その費用は通常の雇用医師より高くなる可能性がある。
代替医師を確保できなければ、残っている医師やスタッフが追加の患者を担当することになる。
その結果、既存医師の業務負担が増加し、患者の診察待ち時間も長くなる。必要なタイミングで診療を受けられなければ、患者が別の医療機関へ移ってしまう可能性もある。
つまり、一つの医師ポジションの欠員は単なる人事上の問題ではない。
診療収益、患者アクセス、既存スタッフの負担、患者維持など、医療機関経営の複数の領域へ影響する問題となる。
医師1人を採用する「本当のコスト」
もう一つ重要な指標として挙げられているのが「Cost-per-Hire」だ。
ここでいう採用コストには医師本人の給与は含まれない。
社内の採用担当者にかかる費用、外部人材紹介会社への手数料、求人広告、候補者の発掘、面接プロセス、さらに給与以外に提供するインセンティブなどを含めて計算する。
近年ではリテンションボーナスなどを導入する医療機関も増えており、採用と人材確保に必要な費用はさらに複雑になっている。
しかし、AAPPRのCarey Goryl氏によると、多くの医療機関ではCost-per-Hireが十分に追跡されていない。
採用に実際いくらかかっているのかが分からなければ、離職防止へどこまで投資すべきなのかも判断しにくい。
「辞めてから採用する」より定着へ投資する
Goryl氏が指摘するのは、新しい医師を何度も採用するより、正式な定着戦略を構築して医師が働き続けられる環境を整備する方が低コストになり得るという点だ。
そのためには、単に給与やボーナスを増やせばよいわけではない。
医師が必要なリソースを利用できる環境、組織内で意見を伝えられる仕組み、適切な裁量を持って診療できる環境など、職場文化そのものを整備する必要がある。
医師の定着を「人事部門の施策」として捉えるのではなく、組織として責任を持って管理する戦略へ変えることが求められている。
EHRや診療の裁量も定着率に影響
Electronic Health Record(EHR)の使いやすさも、医師の働き方や定着に関係する。
大規模医療機関では大量のデータや既存システムを抱え、小規模医療機関ではシステムへ十分な資金を投入できない場合もある。
重要なのは、現在利用しているシステムについて医師や医療従事者から継続的に意見を聞くことだ。
毎月あるいは四半期ごとに、EHRの何が機能していて何が負担になっているのかを確認する。すべての要望に対応できなくても、現場の声が組織に届く仕組みを作ること自体が職場文化の改善につながる。
また、医師やAdvanced Practice Provider(APP)が資格や専門性を十分に生かせる「Clinical Autonomy(診療上の裁量)」も重要になる。
職場文化、テクノロジー、診療の裁量はそれぞれ独立した問題ではなく、相互に関連しながら医師がその組織で働き続けるかどうかに影響している。
AIは採用・定着の「データ活用」を支援
医師採用や定着の管理でもAIの利用が始まっている。
特に期待されているのが、データの整理や測定方法の構築だ。
採用コストの計算方法が分からない場合や、現在実施している定着施策に何が不足しているのかを整理する場合などに、AIを補助的なツールとして活用できる。
ただし、AIの回答をそのまま信頼するのではなく、組織が持つ実際の採用・離職データと組み合わせて活用することが前提となる。
AIそのものが定着戦略を作るのではなく、組織がデータを把握し、改善を始めるためのきっかけとして活用するという考え方だ。
1週間、1カ月、1年で定着戦略を作る
小規模・中規模の医療機関でも、大規模な制度を最初から導入する必要はない。
Goryl氏は、まず最初の1週間で現在行っている採用・定着施策をすべて洗い出すことを勧めている。
その後、最初の1カ月で現状を計画へ落とし込み、不足している部分を特定する。その中から一つの課題を選び、改善策を開始するとともに、その施策が定着にどのような影響を与えたのかを測定する。
そして1年後には、単純な離職率や従業員満足度だけではなく、蓄積したデータから何を学び、次に何を改善するのかを検討する。
医師不足が続く環境では、欠員が発生するたびに採用を繰り返すだけでは、組織の負担は大きくなる。
「採用に何日かかっているのか」「医師1人を採用するためにいくら使っているのか」を可視化することで、医師の定着へ投資する経済的な意味も見えやすくなる。
医師採用を単発の人材確保ではなく、患者アクセスや診療収益、職場文化まで含めた長期的な経営戦略として捉えることが、これまで以上に重要になっている。
出典
Medical Economics
On days to fill, cost to hire and developing a physician retention strategy


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