「礼節」は医療安全を守れるのか コロナ後の病院が取り組む職場文化改革

新型コロナウイルス感染症の流行は、医療現場にかつてない負荷をもたらした。

患者対応の逼迫だけでなく、医療従事者同士の対立やハラスメント、心理的安全性の低下といった職場環境の悪化も深刻な課題となり、多くの医療機関が「礼節(Civility)」や「相互尊重(Respect)」を組織文化として再構築する取り組みを始めた。

それから数年が経過した現在、その成果は現れているのだろうか。

米国の医療機関への取材や最新の研究からは、一定の改善が見られる一方で、職場環境の改善には継続的な組織改革が不可欠であることが浮かび上がっている。

目次

医療現場の「無礼」は依然として深刻

米国人材マネジメント協会(SHRM)が公表した「Civility Index」によると、2025年第1四半期の職場における無礼な言動は前年同期比21.5%増加し、調査開始以来でも高い水準となった。

医療現場でも、パンデミックを契機に心理的安全性の低下や職場内の緊張感が大きな問題となり、多くの病院が行動規範の見直しやリーダー教育、暴力防止対策などへ投資を進めてきた。

一方で、成果には病院ごとの差も大きく、単発の取り組みでは十分な改善につながらないことも明らかになっている。

「礼儀」ではなく「尊重」が重要

米ヴァンダービルト大学医療センターで30年以上にわたり医療従事者の専門性や苦情対応を研究してきたジェラルド・ヒクソン氏は、「礼儀正しさ」と「尊重」は異なる概念だと指摘する。

表面的に丁寧な態度を取っていても、同僚や患者、安全対策を軽視していれば、それは真の意味でのプロフェッショナリズムではない。

重要なのは、患者や家族、同僚の意見を真摯に受け止め、安全文化を共有しながら行動する姿勢であるという。

医療現場では、この「相互尊重」がチーム医療の基盤になると考えられている。

職場文化は患者の安全にも影響

職場環境の悪化は、医療従事者だけの問題ではない。

ヴァンダービルト大学の研究では、周囲へ無礼な態度を繰り返す医師の診療を受けた患者は、手術や医療に伴う回避可能な合併症や死亡リスクが20〜30%高くなることが報告されている。

職場で自由に意見を言えない環境では、医療ミスにつながる情報共有が妨げられる可能性がある。

そのため近年は、「職場文化の改善=医療安全対策」という考え方が広がりつつある。

リーダー教育が組織を変える

米エアランガー・ヘルスシステムでは、パンデミック後に行動規範を全面的に見直し、リーダー育成へ重点的な投資を行った。

特に管理職になる前からリーダーシップ教育を開始し、部下との対話や問題解決の方法を学ぶプログラムを導入している。

また、経営陣全体が毎週職場文化について議論し、問題行動への対応方針を共有する体制を構築した。

その結果、患者満足度や職員エンゲージメントは改善し、職員からの相談件数も増加した。

これは問題が増えたのではなく、「安心して声を上げられる職場」へ変化した結果と捉えられている。

人事部門も医療安全の一員へ

今回の取材では、人事部門の役割が大きく変化していることも示された。

従来、人事は採用や労務管理を担う部門と考えられてきた。

しかし現在では、現場へのコーチングや管理職支援、心理的安全性の向上まで担当するケースが増えている。

専門スタッフが各部署へ入り込み、対話の支援やロールプレイを行いながら、職場内の問題解決をサポートしている。

ヒクソン氏は、「人事部門は医療安全チームの一員でなければならない」と述べており、組織全体で職場環境を守る必要性を強調している。

一度きりでは終わらない取り組み

一方で、職場文化改革に終わりはない。

医療現場には常に新しい職員が加わり、個人の事情やストレス、組織変化によって新たな課題が生まれる。

そのため、問題が起きてから対応するのではなく、早期発見と継続的な支援体制を構築することが重要とされている。

また、新人看護師向けレジデンシープログラムの充実も、経験豊富な看護師との摩擦を減らし、離職防止につながる取り組みとして期待されている。

「尊重」が医療の質を支える時代へ

コロナ禍を経て、多くの医療機関は「礼儀」だけでは安全な医療は実現できないことを学んだ。

患者を尊重し、同僚を尊重し、安全を尊重する文化こそが、医療の質や職員の定着率、患者満足度の向上につながる。

職場文化は目に見えにくい資産である。

しかし、その積み重ねが医療安全や組織の持続可能性を左右する重要なインフラであることが、今回の事例から改めて示された。


出典
Becker’s Hospital Review
「Health systems pleaded for a return to workplace civility. Did it work?」

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次