世界中から数十万人が訪れる国際スポーツイベントでは、競技だけでなく地域の医療体制にも大きな負荷がかかる。
2026 FIFAワールドカップで複数試合の開催地となった米ミズーリ州カンザスシティでは、小児専門病院Children’s Mercyが2022年から4年をかけて医療体制の強化を進めてきた。
感染症対策や外傷患者への備えだけでなく、リアルタイムで病床状況を把握できる司令塔システムや地域病院との連携体制を構築し、大規模イベント時の医療提供モデルとして注目を集めている。
開催決定から4年前に準備開始
Children’s Mercyでは、カンザスシティがワールドカップ開催都市に決定した2022年から準備を開始した。
大会期間中は約65万人の来訪者が見込まれ、多数の海外渡航者が集まることで、通常とは異なる医療需要が発生すると予測された。
病院では感染症の持ち込みや交通渋滞、米国の医療制度に不慣れな外国人患者への対応など、多角的なリスク評価を実施した。
「大規模な人の移動には必ずリスクが伴う」という考えのもと、長期的な危機管理計画を進めてきたという。
外傷患者の増加を想定し物資を確保
FIFAから提供されたデータでは、病院への患者数は通常より3〜5%増加すると予測された。
これを受け病院では、
打撲や骨折などのスポーツ関連外傷
事故や転倒による救急搬送
大量来院時の医療資材不足
などを想定し、医療資材や医薬品を十分に確保した。
また、州の災害医療支援チームとも連携し、ワールドカップ会場には100〜150人規模の医療スタッフを配置。
現地で初期対応を行うことで、救急外来への患者集中を防ぐ体制を整えた。
AIと司令塔が病院全体を可視化
今回の特徴は、デジタル技術を活用した病院運営にある。
Children’s MercyはGE HealthCareと連携し、「Patient Progression Hub」と呼ばれる司令塔システムを導入している。
このシステムでは、
病床の空き状況
患者の移動状況
検査や処置の待機状況
病室清掃の進捗
必要な医療資材
などをリアルタイムで可視化できる。
病院スタッフは患者一人ひとりの状況を即座に把握し、病床やスタッフ配置を迅速に調整できるため、大量患者発生時でも効率的な運営が可能となる。
地域病院とも病床情報を共有
今回のワールドカップでは、病院単独ではなく地域全体で患者を受け入れる体制も構築された。
地域の7つの病院は「Pediatric Medical Operating Coordination Center(PMOCC)」を設置し、小児病床の空き状況をリアルタイムで共有した。
患者情報は匿名化された状態で共有されるため、プライバシーを守りながら地域全体で受け入れ能力を把握できる。
ある病院が満床になった場合でも、空床のある病院へ迅速な搬送が可能となり、医療資源を地域全体で最適化できる仕組みとなっている。
「病院だけ」で対応する時代は終わる
近年、世界各地ではスポーツ大会や音楽イベント、大規模災害など、人が集中する場面への医療対応が重要性を増している。
こうした状況では、一つの病院だけで対応するには限界がある。
そのため現在は、
地域病院同士の情報共有
リアルタイムの病床管理
災害医療チームとの連携
AIを活用した患者フロー管理
といった「地域全体で支える医療体制」の整備が進められている。
大規模イベントが医療DXを加速させる
ワールドカップのような国際イベントは、単なるスポーツ大会ではない。
医療機関にとっては、大量傷病者対応や感染症対策、地域連携、医療DXを実践する重要な機会でもある。
Children’s Mercyが4年間かけて整備した危機管理体制は、今後の災害医療や地域医療連携にも応用できるモデルとなる可能性がある。
「備える医療」は、患者が増えてから始めるものではない。
世界規模のイベントを支える医療現場では、数年前から始まる継続的な準備こそが、安全な医療提供を支えている。
出典
Healthcare Brew
「How this Kansas City hospital prepared for the World Cup」


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